《面子命?》タイ人はなぜ謝らないのか

タイ人

タイ人は謝らないしすぐに言い訳を言う、とタイ人が過ちや失敗を犯したときの態度に日本人はいたくご不満の様子。でも彼らには彼らなりの事情がある、という話。

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タイ人は謝らない

タイの人は「すみません」「ごめんなさい」をあまり口にしない。
自分の方がいくら悪くても謝らないのである。
まず、言い訳。それから責任転嫁。最後に逆ギレ。
タイに暮らす日本人はこれにかなりカチンときている様子。

タイ人自身はどう思っているのか

タイ人自身も自分たちは謝るのが嫌い、苦手、という意識は持っているらしく投稿サイトに「タイ人はなぜ素直に謝らないのか」というスレッドがあったので以下に訳して見た。

「大人(社会的立場が上の者)が下の者に対してそのような態度を見せているからだ」
「大人は何か過ちを犯しても過ちを認めず責任を取らない。政治家、役人、上司、教師、両親に至るまで責任を認めないどころか立場が下の者に責任を押しつけることすらある」
「それを見て育った若い世代も自然に真似、受け継がれて行くわけだ」
「でも、これを正すのは容易でない。なぜなら社会が未だ責任を取る大切さより個人の面子や利益を保つことに重きを置いているからだ」

なるほど。

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「幼い頃からの教育よ。幼い子供が歩いて机にぶつかると親は机を叩いて、この机が悪い!と子供をなだめるから大人になっても机にぶつかった自分が悪いとは思わず、原因となった机を責めるのよ」

これには笑った。
と同時になかなか本質を突いているのではないかと思った。
確かにタイの親はいつも「絶対に相手が悪い!」と子供に教える。

一度、路傍に止めていたぼくの車に若者の運転するバイクがぶつかったことがあった。
原因は若者が後ろに乗せていた彼女といちゃついて前をよく見ていなかったため。
警察署にやってきたその若者の母親はぼくに謝るどころか、
「そんなところに車を止めている方が悪い!」
と開き直って騒いだ。
机が悪い!理論は脈々と受け継がれている。

日本人はなぜすぐに謝るのか

日本人は何かあるとすぐに謝る。
謝る方は、とにかく謝れば円く収まるだろう、許してもらえるだろう、と考え、謝られる方は、そんなに謝っているのだから許してやろう、謝ってもらえればとにかく気が済む。こんな感じだろうか。
謝ればそれまで。すべてが精算される。
謝罪の文化とか外国人にからかわれたりするけれども、これはこれでよいところがある。

タイで人に注意をしてはいけない理由 
日本人は人を人前で叱るけれど、これはタイで絶対にやっていけないことの一つである。叱れるようなことをしたのだから当然、なんて考え方はタイでは通用しない。それはどうしてなのか、という話。

日本人はどうして謝らない人に腹を立てるのか

なぜ日本人が謝らない人に腹を立てるか、ということも同時に考えなければならないと思う。
日本では相手に何か不利益なこと、不興をかうようなことをした場合、謝るのが当然とされている。
これが日本社会の暗黙のルールである。

だからそのルールを守らない人が許せない。
タイ人が謝らないことに腹を立てるのは、自分たちの規範を蔑ろにされたように感じるせいもあると思う。

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謝罪は沽券に関わる

タイ人が謝らない理由。
一番は面目の問題。
タイ人は周囲に対する面目、面子をことのほか大切にする。
日本人は謝ることに抵抗を感じない教育を受けていて謝罪を恥としない。
むしろ潔く謝らないことを恥とする。
ところがタイ人は、謝罪は自分が相手の下に立つのを認め大切な面子を潰すことだと感じてしまう。

たとえば、日本では先生が何か間違ったことをすれば生徒に謝る。
生徒たちもそのことで先生を見下したりはしない。
タイでは絶対にあり得ないことだ。
先生が生徒に頭を下げるのは屈辱でしかない
もし謝れば生徒たちはたいした先生ではないと安く見る。

簡単にいえばつけあがる。
自分の立場を保つためには絶対に謝ってはいけないわけだ。
「何を失ってもかまわないけど、面目を失うのだけは怖い」
意固地になるほかないのである。

謝罪は一切の責任を負うということ

タイ人が謝らない理由。
次は賠償責任の問題。
日本では謝ればそれでお仕舞い、ということが多いけれど、タイでは謝罪は一切の責任を取るという意思表示だから一度謝ってしまうと徹底的に責め立てられる。
謝罪して終わりではなく謝罪から始まるのである。
彼らの考え方では、起きてしまったことは仕方なく、後は損得勘定の問題。
非を認めれば責任をとらされてしまう。
損をするのは絶対に嫌だ。
謝れば損なのだから謝らない。

自分の過失が確定し、賠償することになっても加害者は謝らないことが多い。
賠償するのだからこれ以上謝る必要も無い、というわけだ。

いくつかの日本語サイトで指摘しているようにタイ語のごめんなさい、コー トード(罪を乞う)は本来、罪を与えられても仕方ありません、というけっこうシビアな言葉。
一方、日本語のすみません、申し訳ありませんは罪を乞うてはいないので気楽に使うことができる。
謝罪に対する重さが違うのである。

したがって「すみません」を口にするのは、責任問題にもならず、面子にも関係がない、どうでもいいこと、あるいは謝った方が得だ、と判断した場合に限られる。
実際、電車などで人の足を踏んださい、タイ人は東京の人よりよく謝る。
謝っても面子に関わることではないし損もしない。
単なるマナーだからだ。

謝らせようとするのは無駄なだけ

というわけで、タイにおいて相手に非を悟らせ「すみません」といわせようとするのは本当に無駄なことだ。
彼、彼女は絶対に謝らない。
過ちを指摘するととんでもない言い訳をする。
理で諭そうとすると感情で抵抗する。
追い詰め過ぎるとキレて収拾がつかなくなる。
いい悪いでなくそういう社会なのである。

タイ人
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