《タイに墓がない理由》人は死んでも仏様にはなれない

冠婚葬祭

タイには墓がないし家に位牌を置くこともない。タイ人は亡くなった身内の霊をとても恐れ、一般にいつまでも故人を偲んだりはしない、という話。

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タイ人は墓をつくらない

タイには墓を立てる習慣がない。
家柄、地方によっては先祖代々の遺骨を納める仏塔があるのだけれど、庶民の場合、葬式を出してしまえばそれでお仕舞い。
故人に戒名もつけなければ位牌もない。
家にはせいぜい遺影が飾られるぐらいである。
また、家の中には仏像を祭る本当の仏壇はあるものの、亡くなった人のための仏壇などはないのが普通だ。

今から棺を燃やす

今から棺を燃やす

タイ人が墓をつくらない理由

これは亡くなった人に対する考え方の違い。
日本では亡くなった人はみな仏様となって崇められるのに対し、タイでは死ねばみなお化け(霊、ピー)なのだ。
死者の霊を恐れ死者を崇める習慣がない。
死者は崇めるものではなく祟(たた)るものなのである。
タイ人は遺体の扱いがけっこうぞんざいなのだけれど、これも以上のようなことからだ。
遺体は魂の抜け殻。もはや人でもましてや仏様でもないので敬う理由がない。

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身内の霊を怖がる人たち

タイ全土の習慣かどうかは知らないのだけれど、北部の人たちは故人の霊をとても恐れ、故人の霊が家に入ってこないよう家の周りを聖糸で巻いたり門で焚き火をしたり(霊がそこに留まる)できるだけの処置をする。
昔は死者が家の入り口から帰ってくるのを恐れ窓から棺を出した。
仏様と崇めて家に位牌を置くなんてとんでも無いことである。

やがてぼくもこうなる

やがてぼくもこうなる

タイ嫁は実母の葬儀の後、怖くて夜に隣の実家へ一人で行けないため、暗くなる前に電気を点けにいく。
忘れたときは、
「ねえ、お願い。ついてきて」
とぼくに手を合わす。

近所の若者も父親が亡くなってしばらくは夜帰宅するのに門の辺りにたむろしている父親のピーが怖くて母親に電話をかけ外に出てきてもらっていた。
その母親も自分の夫の霊を怖がることこのうえなかった
笑いたくなるけれどタイに暮らすのなら理解すべき事柄であるとぼくは思う。
死者へのタムブン(功徳)、法事なども「どうか化けて出ませんように」との願いが込められている。

《奇妙な習慣》タイ人が知らない人のお葬式に誘う理由
日本では葬式は悲しいものとされている。遺族と弔問客は悲しみを分かち合う。これが日本の葬式の原則である。タイの葬式もやっぱり悲しい。でも、弔問客の間からは笑い声が起きたり走り回る子供がいたり、けっこう賑やか。それはなぜなのかという話。

なぜ日本人は「タイ人は薄情だ」というのか

タイは弔いの期間を長くし、その間、できる限り故人を偲ぶ。
しかし、その後はきれいさっぱり思いを絶ち、いつまでも話題にすることはないし、話題にする場合も湿っぽくはならずからりとしている。
伴侶が亡くなって1年もしないうちに再婚する人も珍しくない。
弔いを短期でさっと終わらせてしまう代わり、亡くなった人をいつまでも思う日本と対照的である。

遺骨を拾う

遺骨を拾う

この辺の態度に違和感を感じ「タイ人は薄情だ」とおっしゃる方もいるのだけれど、違うのだ。
故人に対し日本人とはまったく異なる考え方をしているだけで情のあるなしの問題ではない。
タイでは死んだ人は死んだ人。
いくら嘆いたり思ったりしたところで帰ってくるはずもない。
いつまでも嘆き悲しむのは無意味。
大切なのは今生きている人間なのである。

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捨てられた骨壷、何も言わない遺族

ぼくたちは義母の火葬の2日後、お骨を拾いにいった(村の焼却炉は焼くのに時間がかかる)。
お骨を取り出す儀式は坊様でなくピー(霊)を扱う爺様に執り行ってもらう。
爺様は何やらお呪いをした後、焼却炉の台車を引っ張り出し、ぼくたちは婆様のお骨を素焼きの壷に収めた。
壷は白布で口をふさいだ後、焼却炉の下の穴倉のようなところに無造作に置かれた。

遺骨は焼却炉下の空間に無造作に置かれる

遺骨は焼却炉下の空間に無造作に置かれる

以前は寺の裏手の納屋に積み重ねられていたのだが寺側が許可しなくなり、あった骨壷はみな捨てられたそうだ。
日本だとこんなことをすれば大事件だけれど、タイの人たちのお骨に対する思いはこの程度のものなのである。

《タイのお葬式》ぼくらはやがて土になる
高齢化社会で死が身近なものとしてとらえられるようになってきた現代。タイの葬儀を知り日本の葬儀のあり方を思うのもあながち無意味なことではないかもしれない、という話。

どかん!と花火で空中散骨

散骨はチャオプラヤーなどの海に通じる大きな川、もしくは船を出して近海に流すのが一般的(お金に余裕のある人たちに限られる)。
元々タイの風習ではなくインドのヒンドゥー教から伝わったといわれる。
冷たい水の底で静かに眠れ、ということらしい。

遺骨入り花火を打ち上げるお坊様

遺骨入り花火を打ち上げるお坊様

村近辺では火葬後100日以降にタムブン(ようするに法事)と散骨を行う。
日取りはお坊様の都合次第。
お金のある人はメーコン(コーン川。メコン川と呼ぶのは誤り)で散骨をするというが、庶民は花火である。
細かく砕いた遺骨を花火玉の中に詰めて打ち上げ、どかん!と空中に散骨。
何とも爽快ではないか。
遺骨は空中に散り、やがては落ちて土となる。

消滅してしまった

消滅してしまった

これ以降、故人に関するものはきれいさっぱりなくなってしまう。
命日を偲ぶ習慣もほとんどない。
過去は流し、未来へ向かうのである。

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コメント

  1. ただの酔っ払い より:

    初めまして、
    チベットの高僧ダライラマ十?世は一世より今まで同じ人です。
    死んでも、すぐに生まれ変わるので墓は要らないと思います。

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