《タイのお葬式》ぼくらはやがて土になる

冠婚葬祭

高齢化社会で死が身近なものとしてとらえられるようになってきた現代。タイの葬儀を知り日本の葬儀のあり方を思うのもあながち無意味なことではないかもしれない、という話。

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高齢化社会で死が身近になった現代

パイ マイ クラップ    行って帰らず
ラップ マイトゥーン  眠って目覚めず
フーン マイミー        蘇らず
ニー マイ ポン          逃れられない

人は生まれた瞬間から死へのカウントダウンを始め、今この瞬間も数字がくるくる回り確実に0に近づいている。
金持ち、貧乏人、天才、凡人、権力者、大衆。死はすべての者に平等だ。
高齢化社会は様々な問題を生み出し、老老介護、終活、看取り、分骨、散骨、などの言葉が連日のように、飛び交っている。
かつて人はあまり死を考えないようにしていたけれど老人が急激に増えた近年、死が身近なものとしてとらえられるようになってきた。
タイの葬儀を知り日本の葬儀のあり方を思うのもあながち無意味なことではないだろう。

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にぎやかなお葬式

タイの葬式に参列してまず驚かされるのが人の多さ。
人生最大のイベントは結婚式ではなく葬式なのである。
それからにぎやかさ。

タイの葬式はとにかくにぎやか

タイの葬式はとにかくにぎやか

火葬までの数日間、毎晩僧を招いて読経してもらうのだが、その僧の声はマイクを通し巨大なスピーカーから流される。
読経のない間はピーパート(モーン)という笛やシロホンなどからなるタイ式楽団の雅楽に似た楽曲が深夜まで半端ない音量で奏で続けられる。まるで静寂を恐れるかのように
それだけではない。村落部の葬式には葬儀場周辺に衣類や食べ物の出店が軒を並べ葬儀というよりちょっとした市、お祭りのように見えることだってある。

葬式を利用して商売!

昨年、婆様(タイ嫁の母親)が亡くなったのだがその葬儀には流しの宝くじ売りもやってきた。
他人の気持ちを察し同調しなければならない日本だったら、
「不謹慎だ!無神経だ!人の死を商売に利用しやがって!」
とか非難轟々だろう。

ぼくも数枚買ったが当たらなかった

婆様の霊力に期待してぼくも買ったが当たらなかった

しかし、タイでは葬儀も商売も自分たち個人の問題である。
それぞれにそれぞれの人生があり、無関係な商人が悲しみに打ちひしがれている遺族に感情移入をすることはあまりないし、遺族が商売人に対して悲しみや同情を強要することもない。
さらには、法律で禁止され廃れかけている風習なのだけれど、田舎の葬儀では博打が行われる。

《タイに墓がない理由》人は死んでも仏様にはなれない
タイには墓がないし家に位牌を置くこともない。タイ人は亡くなった身内の霊をとても恐れ、一般にいつまでも故人を偲んだりはしない、という話。

葬式飯のバイキング

葬式で一番大変なのは弔問客をもてなすための料理。とりわけ本葬儀の日の昼食だ。
大人数の料理を作り、配膳、片付けするには多くの人手が必要になる。
しかも、飛び入りを快く受け入れる習慣があって何人くるかわからないため、滅茶苦茶作って余れば捨てるのが従来のやり方。人手がかかるうえ無駄が多い。
というわけで、婆様の葬式では業者に頼みビュッフェ(バイキング)方式にした。
町ではともかく我が村では始めてのケースだ。

葬式でバイキング

葬式でバイキング

ただ、ビュッフェ形式にしても何人弔問客がくるのか読めないのがタイ。
タイ嫁は250人前を注文し、きっと大半は捨てることになる、との予想に反し、後から後から人が訪れ、椅子とテーブルが足りなくなるほどの大盛況(相応しくない表現だけどほんとこんな感じ)。
料理は少し残っただけだった。特筆すべきは、何しろ田舎の人たちだから食べきれないほどの量を皿にとって残飯の方が食べる量より多いに違いない、と愚察していたのにみんな自分が食べる分量だけをとっていた。
これには感激した。衣食足りて礼節を知る。以前だったらこうはいかなかっただろう。

日本ではインスタ映えの写真を撮るためだけにバイキングで料理をバカのようにとって皿に盛り、撮影後は食べもせずそのまま帰る人が多いと聞く。
「お金払ってるんだからいいでしょ」
衣食足りても礼節を知らず。たとえ法や規則に反してなくてもやっていいこと悪いことがある。

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歩くのが大嫌いなタイ人

本葬儀の当日は朝方に僧を招いて読経。そして昼食を僧、会葬者の順にもてなした後、僧を先頭に参列者がプラサート(棺を載せた山車)を火葬場までロープで引っ張っていく。
婆様の葬儀のときは喪主のタイ嫁とぼくがもたもたしているうちに景気よく爆竹の音が鳴り響き、葬列が出発してしまったのでぼくたちは慌てて追いかけた。

のどかな田園風景の中、葬列は進む。

のどかな田園風景の中、葬列は進む。

タイの葬式にはスケジュールが存在せず、すべて「んじゃ、ぼちぼち」という具合に進行されるのだ。
プラサートは家から国道に出る間のわずか30メートルばかりを引っ張り、そこからは車でショートカット。ここでも「歩くの大嫌い」のタイが顔を見せる。火葬場までは1キロとないのに歩きたがらない。
プラサートはピックアップトラックが引っ張り、ぼくたちは幌のついた中型トラックに乗り込んで火葬場に向かった。
そして火葬場近く200メートルほどのところで車から降り再度葬列を組む。わずか数百メートルのショートカットである。

突如降って湧いた災難

火葬場に着くと葬列はメーン(須弥山。火葬台のこと)の周りを3度回る。
迷いの世界(三界)の流れに逆らい煩悩を断ち切るウィアン サーイ(左回り)という儀式だ。でも、我が村の火葬場は後ろがゴミ捨て場のようになっていて回りようがない。
カメラを手に走りあれこれ撮影しているうち左サンダルの底半分がぽろりとれてしまった。どうやら車のクラッチを踏むせいで割れ目が入っていたようだ。

お偉いさんたちの席

お偉いさんたちの席

「わあ、まいったなあ、底がとれちゃったよ」
娘に見せて笑い合っていると、
「ええ、日本からやってきたミスター ウシオが今からみなさんの記念写真を撮ります」
「ミスター ウシオ どうぞ前の方に」
進行役が突然マイクでぼくを呼び出しびっくり。
村の誰かが急に思いついて告げ口したらしい。

「そんな話、聞いてないぞ!」
ぼくは慌てて家を飛び出したから白いよれよれズボンに紺の農民服といういい加減な服装。
しかもサンダルは底が半分とれて爪先立ち。
もう少しちゃんとした格好してくればよかった、と思ったけど後の祭り(後の葬式?)
百人以上の人たちが興味津々注目しているので邪険に断るわけもいかず、半分とれたサンダルがばれて笑われないよう前に出てカメラマンとなった。

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お金の授与は火葬場で

まず最初に行われるのはお偉いさんによる補助金や互助金の受け渡し儀式。
「ええ、何とかの会のなんとか委員長から金○○バーツが手渡されます」
という感じで一人ずつお偉いさんが呼び出され、お金を遺族に手渡すシーンを撮影する。
いつのまにか保険屋さんも紛れ込んでいた。手にはスポーツ大会などで賞金を渡すときにやるような「金○○バーツ××保険会社」と書かれたボードを持っていた。日本人にはかなりカチンとくる行為に違いない。
ついで遺影と家族との記念写真。お偉いさんを交えての写真。関係者…。
「いい加減にしてくれえええ」
と心の中で叫ぶも記念写真は続く。

パー バンスクンの儀式

パー バンスクンの儀式

その後、僧が再びお経を上げ、僧に僧衣を寄進するパー バンスクンの儀式が始まった。
パー バンスクンは捨てられた不要の布で作った僧衣のこと。その僧衣を森に捨て置き、僧が勝手に持って帰る、というインドの習慣からきていて、葬儀では在家が棺の近くの台に置いた僧衣を僧が持ち去る形をとる。
遺族、お偉いさん、知人、が一人一人僧衣を置くシーンをぼくは撮り続けた。連続で700枚のシャーターを切ったのは生まれて初めてである。

ようやく記念撮影が終わり棺がパサートの台車から下ろされた。警備員のような服装をした村の有志が棺を担いでメーン(火葬台)の階段を上り焼却炉前の台車に置いた。
続いて親族から順に会葬者全員がドークマーイ チャン(白檀花)と呼ばれる紙で作った花と線香、ロウソクを棺の前に添えた。
まだ葬儀は終わっていないのだけれど、大半の参列者はメーンの階段を下りるとそのまま帰ってしまった。いつもながら余韻のない人たち。残ったのは親族とお偉いさんだけだ。
ドン、ドドン!
音花火が盛大に打ち上げられる。

《奇妙な習慣》タイ人が知らない人のお葬式に誘う理由
日本では葬式は悲しいものとされている。遺族と弔問客は悲しみを分かち合う。これが日本の葬式の原則である。タイの葬式もやっぱり悲しい。でも、弔問客の間からは笑い声が起きたり走り回る子供がいたり、けっこう賑やか。それはなぜなのかという話。

やがてぼくらは焼かれて灰になる

棺の蓋が開けられ、椰子の実の汁で遺体の顔を拭き身体にふりかける。涅槃への道を目指すに当たり穢れのない水とされている椰子の実の汁で魂を清める、ということらしい。
これで本当にお別れ。婆様の肉体はこの世から消滅する。

火葬塔前に置かれた棺に最後のお別れ

火葬塔前に置かれた棺に最後のお別れ

婆様が死ぬまでほとんど見舞いにくることもなかった義妹が涙をポロポロこぼして泣いたのが不思議だった。死んで泣くぐらいだったら生きている間にもっとよくしてやればよかったのに。
婆様の面倒をずっと見てきたつれあいもぼくも涙は一粒もこぼさなかった。.
棺は台車ごと焼却炉の中に押し込まれ、扉が閉じられた。
葬儀は終わった。
トラックで火葬場を後にするさい火葬場のほうを振り返ると、高い煙突から黒い煙がもくもく上がっていた。ぼくも間もなくこの火葬場で灰になるのかと思うと感慨深い。

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