日本では葬式は悲しいものとされている。遺族と弔問客は悲しみを分かち合う。これが日本の葬式の原則である。タイの葬式もやっぱり悲しい。でも、弔問客の間からは笑い声が起きたり走り回る子供がいたり、けっこう賑やか。それはなぜなのかという話。
ところ変われば評価も変わる
「ねえ、今あいてる?よかったら一緒に遊びにいかない」
前々から惹かれていたかわいい女の子に色っぽい目つきで声をかけられた。
逆ナンパという言葉もなかった昔々のことである。
自慢じゃないがそれまでの生涯女にもてたことはない。
日本の女にはぼくの価値がわからなかったのだ。
が、タイの女は見る目がある。
日本で受け入れられなかったアーティストが海外で評価を受けることだって珍しくないじゃないか。
生きててよかった。
女の子に逆ナンされたその先は
ぼくはタイにきた喜びをしみじみ噛みしめ、
「えーと、パンツは今朝ちゃんと履き替えたし、ゴムは適当なところで手に入れればいいだろう」
などと胸の内で思いながらいそいそついていったところが、お寺。
境内にはたくさん人がいて賑やかで屋台や露店も出ていた。
お祭りだ。
「そうだよなあ、いきなりホテルはまずいよなあ。お祭りで雰囲気を盛り上げてからの方がいいよなあ」
と最初は思ったのだけど、よく見れば誰かのお葬式だったのでぶったまげた。
声をかけられると喪服を探す
パンツをずりおろす算段をしているところに、
「ナーモーターサー (ナンマイダ)…」
お坊様の湿った読経の声。
これはない。
ぱんぱんに膨らんでいた期待とズボンは空気の抜けた風船のように萎えた。
がっくりきて見ず知らずの人の葬式で会葬者用の葬式飯をやけ食いした。
それからもほかの女の子たちから似たような感じで幾度となく誘われ、今度こそはパンツだ!と思う度にお葬式で、ついには女の子から声がかかると反射的に黒い服を探すようになったくらいである。
おかげでタイ北部の葬式についてはNHKの解説員が勤まるぐらいの経験をした。
便利な葬式要員
それにしてもなぜ気安く人を葬式に誘ったりするのだろうか。
しかもなぜ、葬式に行くよ、と一言いってくれないのだろうか。
そうすればパンツの心配なんてしなくてすむのに。
「ねえ、どうして葬式に誘ったの」
「だって退屈なんだもん」
確かに葬式ってあまりすることがない。
「じゃあ、なんでちゃんと葬式に行くっていってくれなかったの」
「言ったらついてこないでしょ」
そりゃそうだ。
「今あいてる?よかったら一緒に葬式しない?葬式まんじゅうもあるよ」
なんて誘われても嬉しくないものね。
タイ人を連れて行くより外国人を連れて行った方が周りのウケもいいだろう。
案外こんな計算もあるのかもしれない。
しかし日本人だったらいくら退屈でも、まったく関係の無い人を葬式に連れて行こうなどとは思わないですよね。
この辺の感覚はタイ人独特だ。
日本の葬式とタイの葬式の根本的な違い
日本では葬式は悲しいものとされている。
遺族と弔問客は悲しみを分かち合う。
これが日本の葬式の原則である。
タイの葬式もやっぱり悲しい。
でも、日本ほどには悲しみを分かち合わない。
もちろん遺族の悲しみというのは大変なものだけど、それは遺族個人の問題で弔問客にまで悲しみを強要しない。
なぜタイの葬式は湿っぽくないのか
遺族にとってはどういう形であるにしろ人が葬式にきてくれるのはありがたく名誉なことである。
だから飛び入りも許される。
食事を振る舞うのも、もともとはなるべく多くの人にきてもらうためだ。
つまり「わざわざおいでくださったのだから別に無理して一緒に悲しんでいただかなくてもかまいません。あなた方はあなた方で適当に楽しんでいってください」
ということでないかと思う。
だから、弔問客の間では笑い声さえ聞こえることがある。
実際、ぼくが飛び込みで葬式にいって素知らぬ顔で葬式飯をぱくついていても
「何しに来やがった、このやろう」
と胸ぐらつかまれるようなことは一度もなかった。
葬式で「楽しいか」と訊かれたとき
これが日本だったら袋叩きに遭い海の底に沈められても仕方ないのじゃないかと思う。
少なくとも、ぼくの身内の葬式にこんなとぼけた外人がいたらぼくはそうしてやりたい。
ところがこの地では
{よくきたねえ」
と歓迎され
「楽しい?」
とさえ訊かれた。
葬式で「楽しい?」と訊かれたとき、あなたならどう答えますか。
仮にも葬式である。
「ええ、もう楽しくて楽しくて。どなたが亡くなったんですか」
とは言いづらい。かといって
「もう、退屈で退屈で。仕方ないから飯ばかり食ってますよ。はははは」
と答えても問題がありそうな気がする。
「葬式のさいの挨拶の仕方」とかいったマニュアル本はこういうときにこそ役に立つべきなのに、「楽しい?」と訊かれた場合の答え方が載ってないのは遺憾である。
年寄りは悲しい
結局、女の子たちは葬式の退屈しのぎとしてのみぼくを利用しまくり、ホテルのホの字も出てこなかったところは甚だ遺憾である。
彼女たちにもあまり男を見る目はなかったようだ。
結論からいうと、この世に男を見る目があったのはタイ嫁だけ、ということになる。
ちなみに若い頃はタイ嫁にもさんざん葬式に連れて行かれた。
しかし最近は、
「あんたが来ると邪魔。お守りで疲れちゃうから来ないで」
といわれている。
若い女の子たちもからのお誘いもない。
葬式飯が懐かしいぜ。
彼女に葬式を誘われたとき
今はもう、こういう習慣もなくなったのだろうと思えば、そうでもないようで、あるサイトには、
「彼女に知らない人のお葬式に誘われたのだけど、行かないのは罪ですか」
というスレッドが立っていた。
それに対しての答えは、
「葬式に行かないのは罪ではない。が、彼女について行かないのは罪である」
という意見が多く、
「誘われて行かなかったら自分勝手!と彼女に叱られた」
という人もいた。
誘われればなるべくついて行くのがマナーのようだ。
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