日本人はなぜマイペンライにイラッとくるのか

文化

至る場面で飛び交いタイに滞在する日本人を
悩ませるマイペンライ(気にするな)。
その使い方は独特で、遅刻してマイペンライ。
人のコップを割ってもマイペンライ。
なぜこうもマイペンライは日本人を
イライラさせるのか、という話。

 

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タイ人気質を表すマイペンライ

マイペンライは「大丈夫」「気にしない」ぐらいの意味である。
念のため富田博士の「タイ日大辞典」を引くと
[かまいません、どういたしまして、無事息災]
とあり、
[マイペンライ主義はタイ人の精神構造の特徴の一つである]
とも書かれている。
細かいことにこだわらず、気楽にやっていこう、ということだ。
タイ人気質を表す言葉としてタイ関係の本にはきっと出てくるからご存じの方も多いだろう。
このマイペンライ、ときとして日本人にはちょっと信じられないような使われ方をする。

マイペンライはこう使え

〈市場にて〉
客  「さっき買った卵、割れてたわよ」
売り子「マイペンライ。どうせ割って食べるんじゃない」

〈デパートにて〉
客  「この服、汚れてるじゃない」
売り子「マイペンライ。洗濯すればきれいになりますよ」

〈会社にて〉
上司 「何てミスをやってくれたんだ!」
部下 「マイペンライ。次がありますよ」

〈タクシーにて〉
運転手「60バーツだよ」
客         「はい。じゃあこれ、100バーツで」
運転手「つり銭はないよ」
客  「じゃあ、どっかで両替してきてください」
運転手「マイペンライ。100バーツでいいよ」

マイペンライに翻弄される外国人

用例を見てわかるように、マイペンライは日本とはまったく逆の使われ方をする場合がかなりある。
つまり、日本だと迷惑をかけられた方が平身低頭して謝る人を慰める感じで、
「そう気にしなくてもいいですよ」
とやるのに対し、タイでは迷惑をかけた方が悪びれなく、
「気にしなさんな」
と、迷惑を被った方を慰めてくれるわけだ。

タイに暮らす外国人は、誰しもこの言葉に翻弄され、脳味噌がぐらぐら沸き立つような経験をし、そこから立ち上がってやっと一人前になるのである。
「あんたが気にしなくてもオレは気にするんだ!」
なんて声を荒げるようではまだまだだ。
頑張ってください。

車をぶつけた方がマイペンライ!

昔、ソンテオと呼ばれる乗り合いタクシーに乗っていたところ前の車に軽くぶつかった。
降りてきた30ぐらいの男に対しタクシーのおっちゃんは、
「マイペンライ」
と言いながら手で行け行けと合図した。
ぶつかられた部分をさすっていた男も何も言わず車に乗りこんで発進。
日本だとあり得ない光景にびっくりしたことを今でも鮮明に覚えている。

マイペンライは先手必勝

それから数十年後、町の大型スーパー店へ買い物に行った帰り、駐車場に止めてあった車をバックで出そうとしたところ、ガツン!と衝撃があった。
何かと思って後ろを見ると車だった。
今さっき確認したときにはなかったのに前を向いた一瞬に後ろへ停めたらしい。
そのまま行ってくれろ、と願ったのだけど、若い男が降りてきて車を調べ始めたので仕方なくぼくも外へ出て様子を見た。
相手の新車らしい車体の後部がべっこりへこんでいた。

ぶつけたのはこちらである。
でもここはタイ。うかつに謝ってはいけない。
ぼくはあのときのソンテウのことを思い出し、
「ニットノイ。マイペンライ ナ(ちょっとだけだよ。気にすんなや)」
といってやった。
こういうセリフがすぐに出るようになったとはタイ暮らしも板についたものだ。

それでもひと悶着あるだろうと覚悟してたのだけれど、若い男は、
「クラポム(かしこまりました)」
と言って素直に車を移動させた。
マイペンライはこういう具合に使うのだ。
ようするに、人に言われるより先に自分で言ってしまえ、ということだ。
どんどん使って欲しい。慣れればこんな便利な言葉はないぞ。
使われる方はたまらんけどな。

面白かったのはタイ嫁の反応だ。そのときは
「あんた、よくやった」
という感じだったのだけど、家に帰って車のテールランプがぐっちゃり割れているのに気づくとひどく腹を立てた。
「どうしてあいつに弁償させなかったのよ!」
そんなこといってもなあ、悪いのこっちだし・・・。

日本人はなぜマイペンライに引っかかるのか

マイペンライという言葉に引っかかる日本人は少なくない。
なぜだろう。
タイ社会は「寛容」「許す」ことをとても重要視している。
少しぐらいの迷惑は気にせずお互いやりたいことをやって生きていこう、がタイ社会の原則だ。

ところが日本社会は迷惑をかけたりかけられたりを嫌う「許さない」社会。
だから、日本人なら迷惑をかけて「ご免なさい」と謝るところなのに、
「マイペンライ」
と言われてしまうと、
「いや、そうじゃないだろ、謝れよ」
と腹を立てる。
タイ人の「マイペンライ精神」は理解しがたい、という人が多いのだけれど「マイペンライ精神」を「許す精神」に置き換えれば少しは理解できるのじゃないかと思う。

マイペンライの正しい使い方

とはいえ、先にいくつか挙げた例のように自分の過ちを「許す」よう相手に強要したり正当化したりするマイペンライはあまり気持ちのよいものではない。
この先手打ちのマイペンライは「寛容」を尊ぶタイ社会の美点を逆手に取ったもので、タイ人としても決して正しい使い方ではないと思っている。
「ご免なさい」と謝ってきた相手に対して「マイペンライ」と許すのがマイペンライ本来の正しい使い方であって欲しい。

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