《一人旅の運、不運》隣の席はどんな人

一般

一人旅がグッド トリップになるかバッド
トリップになるかは乗り合わせた隣の席の
人次第ですよね。でも不思議なもので、
隣の人に恵まれる人はずっと恵まれ、
恵まれない人はずっと恵まれない。
世の中、平等なんてありえない、
という話です。

 

スポンサーリンク

隣の人に恵まれる人、恵まれない人

現代の旅って基本的に乗り物で遠くに行くことですよね。
つまり、グループ旅行はともかく一人旅の場合、グッド トリップかバッド トリップかは乗り合わせた隣の席の人によって大きく左右されることになる。
そして世の中には常に隣の人に恵まれる人と恵まれない人がいる。
家によくくるカネコちゃんはとても恵まれるタイプで、隣の人と仲良くなって泊めてもらったり食事をご馳走してもらったり、そいう人が世界各地にいるらしい。
隣の席の神様に見守られているのじゃないかと思うくらいだ。

絶対にあの人がやってくる

それに比べてぼくときたら「神はどこへ行った!」と嘆きたくなるくらいひどい目に遭い続けている。
たとえば、バスや列車が停車し、窓から乗ってくる人たちが見えるでしょう。
そしてこんな人だけは絶対隣にきて欲しくないなあ、と思うと、そういう人に限ってぼくの隣に座る。

ふと目が合ったりすればもうお仕舞い。
いくら空席がほかにあっても、たとえぼくの席以外全部空席でも、ためらいなくまっすぐぼくの隣の席へやってきて座る。
それはもう、二人が黒い糸で結ばれているかのように間違いがない。

お子様連れの人

どんな人が隣にくれば思い出深い旅になるかというと、まずは子連れおばさんである。
おばさんは最初こそ子供を自分の膝に乗せておくのだけど、そのうちじわじわ自分たちの領土を拡大して、ついには席と席の間に座らせるようになる。
子供は足をぶらぶらさせついでにこちらの足を蹴飛ばし、立ち上がって耳元で元気よく歌を歌い、音と光の出る光線銃を撃ちまくり、お菓子の食べかすをズボンの上に撒き散らしてくれる。
はたからみれば三人は仲の良い家族だよ。
どの子連れおばさんもたいていこんな具合なんだけど、それを平然と受け止めているタイの人は本当に偉いよね。

お太りの人

次に、太った人もなかなかのものである。
あれは確かスラタニから乗った列車だった。
前の通路から180キロはありそうなおばさんがのしのし列車を揺らしながらやってきた。
「冗談じゃない、もしこんな人に横に座られたらお先真っ暗だ。人生終わってしまう。頼むからほかの席にいってくれ。残りの人生の運、すべてを捧げてもいい。くるなよ、絶対くるんじゃないぞ」
必死で祈ったのだけど、無駄だった。

おばさんはぼくの前でピタリ立ち止まった。
ぼくの視界はおばさんの腹で塞がれた。
いったいどうやって座るんじゃ。座席より大きいじゃないか。
おばさんは強引に巨大な鏡餅のような身体を座席に押し込んだ。
ぼくの身体は鏡餅に押しやられて半分に縮んだ。
おばさんは1.5席分、ぼくは0.5席分。
これで同じ料金というのは不公平だ!
思わず叫びたくなったね。

おばさんの二の腕の肉塊がぼくの胸を圧迫する。息が苦しい。
わざとらしく動いて牽制する。
おばさんは気兼ねして精一杯身体を小さくするのだけど、物理的に無理なのだ。
で、でろんとぼくの脚より太い腕がぼくを圧迫し続けたわけだ。
ぼくはウトウトしては巨大な鏡餅に押しつぶされる悪夢で目覚めた。
旅のことはすっかり忘れてしまったけれど、おばさんの肉塊の感触だけは今でも覚えている。

お足の臭い人

まだまだあるぞ。
これは確かバンコクからハジャイに向かう寝台列車だった。
タイの二等寝台は寝台を組み立てる前は二人の座席が向かい合う形式になっている。
ぼくの向かいの席には警察か軍関係らしき男が座った。

まあ、まっとうな人らしい、と安堵していたら、男がブーツを脱いだとたん、ムワワワワーン。
発酵臭といってもいいくらい強烈な奴がぼくの鼻を直撃した。
臭いなんてものじゃない。
ドリアンが顔を赤らめて逃げ出すぐらいだ。
もはや兇器レベルである。
ぼくはどうにも耐えられなくて出発間もない内から酒をぐびぐび飲んで気を紛らわせた。

しばらくしてようやくベッドメイキングが始まった。
ぼくは下段で男は上段。やれやれ。これで臭いにも開放される。
ぼくはほっとしたのだけど、臭いはおさまるばかりかますます強くなった。
見れば上段に上る梯子段が頭の方にあって、その男の脱いだブーツが枕のすぐ横に置かれていた。
翌朝頭がガンガンしたのは酒の飲み過ぎではなく男のブーツのせいに違いない。

悪魔は存在する

もちろん、ぼくだって隣の人に恵まれるべくそれなりの努力はした。
「嫌なやつだとか、来て欲しくない、と思うからいけないのだ。極力何も思わないようにしよう。無の心だ」
そう考え、目を合わせれば危険だから目をつぶって淡々と隣の人がくるのを待ったのだ。
そして隣に人の気配を感じぱっと目を開けると、足の臭そうな子連れの太ったおばはんがにたり微笑んでいた。
隣の人に関する限りぼくは悪魔の存在を信じる。

運は遺伝するのか

その「隣の席」を支配する悪魔に娘のワカメはぼく以上に慕われているらしい。
「いやー、まいったよ。今日チェンマイで乗り合わせた兄ちゃんはチェンライまでの三時間、宝くじに当たった話をしゃべりっ放し。全然止まらないんだよ。疲れちゃった」
ぼくがぼやくと、

「そんなのまだいいですよ。ワカメの隣の席のおばさんなんてチェンライからピサヌロークまで延々五時間、近所の人の悪口をしゃべり放しだったんだから。寝たふりしても平気で話しかけてくるのよ」
わかめはぼくより頻繁に子連れおばはんに遭遇し、当然のように子供を押しつけられ、この間はバスに弱い子供だったらしくゲロまで吐きかけられたそうだ。
前回バンコクから夜行バスで家に帰ってきたときは、でっぷり太ったファラン(白人)と乗り合わせ、しかもそいつがとんでもないワキガ。
臭いわ狭いわ寝られないわで家についた時は息も絶え絶えであった。

それが運命というのなら仕方ない

しかし、こういうのって遺伝するものなのだろうか。
ぼくの家系にはそういう人たちを惹きつける何かが出ているのだろうか。
もし、この呪われた体質を研究したいという人がいれば喜んで実験台になろうと思う。
孫の代まで祟られたらかなわんわ。
隣の席の人に関してはあまりいい出会いをしたことがないぼくたちだけれど、それが運命というのなら仕方ない。
人は与えられたカードで戦うしかないのだ。
デブでも子持ちでもどんとこい。
でも足が臭いのはちょっと嫌だな。

一般
スポンサーリンク
ushiomをフォローする
タイ国玉手箱

コメント

タイトルとURLをコピーしました