日本人がタイの人たちに抱く不満の一つがあいさつ。タイの人たちは日本人ほどにはあいさつをしない。あいさつもなしにやってきてあいさつもなしに帰っていくことなど日常茶飯事。その理由と背景をご説明。
タイの人たちはあいさつをし合わない
タイにお暮らしのみなさんはお気づきだと思うけれど、タイの人たちはあまりあいさつをしない。
朝起きて顔を見合わせても「おはよう」とは言わないし「頂きます」とも言わず勝手にご飯を食べ「ごちそうさま」とも言わず食べ終える。
さらには「行ってきます」とも言わず家を出て「ただいま」とも言わず帰ってくる。
ぼくも最初はびっくりした。
つれあいの実家に居候していた頃、テレビがあったのは家だけだったのだけど、近所の人たちはあいさつもなしに勝手に人の家に上り込んでテレビを深夜まで堪能し、あいさつもなしに帰っていった。
あいさつを重視する日本人にはとても信じられないことだ。
あいさつの言葉が存在しなかったタイ
なぜタイの人たちはあいさつをしないのだろう。
実は数十年前までタイにはあいさつの言葉そのものがなかった。
言いたくても言葉がないのだから言いようがない。
その頃タイでは、外で顔見知りと出会ってもお互いただにやにやしていただけだった。
その光景が印象的で外国人から「ほほ笑みの国」と呼ばれるようになった。
というのは嘘で、こういう場合は
「どこ行くの?」「ご飯食べた?」
と声をかけあった。
これが実質上のあいさつだった。
ご飯を食べましたか、があいさつ?
「ご飯食べた?」「どこいくの?」という言葉、日本人の中にはあいさつとして受け取らないばかりか
「ご飯を食べようが食べまいがどこへ行こうがこっちの勝手じゃないか。失礼な」
と腹を立てる人までいるそうだけれど、それはおかしい。
そもそもあいさつというのは相手に敬意や親愛の気持ちを表す行為なのだから、その行為に対して立腹するのは社会人としてどうかと思う。
「ご飯食べた?」「どこいくの?」だって日本語の 「こんにちは(ご機嫌いかが)」 と何ら変るところがない。
ただ表現が日本人と少し異なるだけの話である。
サワディーが作られた理由
現在タイで一般的なあいさつとして使われているサワディーは、ラジオ放送開始当事、アナウンサーがリスナーへのあいさつに困って作られた。
さすがに番組をあいさつもなしにいきなり始め、あいさつもなしに突然終わる、というわけにはいかなかったらしい。
そのサワディーが定着してきたのはこの三、四十年来のことだ。
同時時期に「おはよう」「おやすみ」などの言葉も作られたけれど、実生活でも使われているのは今のところサワディーとグッドラックの直訳であるチョークディーだけである。
以来、タイの人たちも昔よりかははるかによくあいさつをするようになった。
でもそれは対外的にで、身内では依然あいさつを交わすことは少ない。
日本人の大好きな、けじめ、あらたまった態度、をタイ人は嫌うのだ。
タイの困った日本人
こういうところへあいさつ好きな日本人がやってくればどうなるか。
数日の観光ならともかく長期の仕事で彼らの上に立つようになるといささか不穏である。
タイでは会社で毎日顔を合わせているような場合、あいさつはしないのが普通で、みんな黙って職場に入り、黙って職場を去る。
同僚に向かってサワディーというのは距離をおいているようでよそよそしいことだし、たとえ「お疲れ様」と言いたくてもそういう言葉はない。
日本人は日増しに不満がつのってくる。
あいさつをしなければ気持ち悪い。落ち着かない。ああ、あいさつがしたい。
何とかしなければ。誰がなんといおうがあいさつはいいものだ。
私が身を挺して日本の素晴らしいあいさつ文化を伝えるのだ。
社員にあいさつを躾けよう…。
彼は教えを説いて布教する宗教家のような気分になる。
「えー、みなさん、職場ではあいさつをしましょう。あいさつは人と人をつなぐコミュニケーションです」
「あいさつをしないと気持ち悪くありませんか。あいさつし合えば気持ちよいでしょう」
昔の先生はよく生徒にこう諭した。
それがそのまま受け継がれているのである。
でも、あいさつをすれば気持ちいい、という感覚は幼い頃からすり込まれたもので、そういう感覚を持っているのならタイ人だってとっくにあいさつし合っているはずだと思う。
権力志向の強いタイ人は上役に対してはわりと従順な方だ。
しかしそれは自分たちの常識の範囲内であって、この上役のさせていることは常識外である。
自国の習慣や文化のことについて外国人からとやかく言われるのは面白くないに違いない。
何とかあいさつをさせようと躍起になる日本人。
表立って逆らいはしないけれど「うざっ」と心の中でつぶやくタイ人。
それでもまあ、青筋立ててこんなにうるさく言うんだし、言うことを聞けば給料だって少しは上がるかも知れない。
そう考えたタイ人従業員はある朝、はりきって日本人の上役にあいさつを試みる。
「ボス、ご飯食べましたか」
ワイ- タイにはタイのあいさつがある
誤解しないで頂きたいのだけれど、タイの人たちは言葉によるあいさつの習慣がないだけで、タイ式のあいさつはきちんと行っている。
決してあいさつを疎かにしているわけではないのだ。
ちなみにタイ式のあいさつは手を合わせて合掌する「ワイ」である。
郷に入っては郷に従う。
タイでは言葉によるあいさつは諦めてワイをした方がよいかもしれない。
ただし、ワイはただ手を合わせばよいというものではなく、学校の授業で教えられるくらい細かな作法があるので失礼にならないよう気をつけて欲しい。
コメント