タイに進出する日本の会社は多い。
しかし、撤退を余儀なきされる会社も
また多い。その理由の多くは現地従業員の
扱いの難しさにあると言われる。
タイとのつきあい方シリーズ第6弾。
ファックスを巡る攻防
ほぼ毎月、日系のある会社に商品を発送、折り返し受け取りをファックスで送ってもらうことになっている。
ところが、2年に一度ほど、受け取りにあるサインの名が変わると次からファックスが届かなくなる。で、
「商品は届いてますでしょうか」
電話をするといつもとは違う担当者が出てきて、
「はい。届いてます。受け取りは後で送ります」
というのだけれど何日経っても届かない。
以上のことから、あなたはどれくらいの情報が読み取れますか。
担当が変ると1からやり直し
まず、ファックスが送られてこないのは、担当者が代わったからである。
代わった担当者のサイン入りファックスが1回だけ届くところを見ると、前任者から、
「商品を受け取ったら、折り返しファックスを送りなさい。ファックスの使い方は…」
と、一応、引継ぎはなされているらしい。
それなのに次回より送られてこない。
人に訊くことを嫌がるタイ人
このことから、後任者は新入社員で、ファックスを使ったことがなく、1回の説明ではファックスの使い方が覚えられないことが推察できる(今のところ一般家庭のファックス普及率はかなり低い)。
「使い方がわからなければまた聞けばいいのに」
日本人だったらこう思う。
でも彼らは思わない。
このことから、彼らは、人にものを訊ねることに気が引ける性格であるのがわかる。
「ファックスの使い方も知らないのか、田舎者」
こういう風に思われるのが恥ずかしいようだ。
問題は放置される
また、彼らは、催促の電話をすると必ず、
「今、キアガーン(キアはクリア、ガーンは仕事)してるから後で送ります」
と答えながら、決して送ってこない。
このことから彼らは、自ら問題を解決しようとする意思はなく、でき得ればそのまま知らん振りをしようとしていることが知れる。
実際、タイでは面倒なことや問題はばれるまで、どうしようもなくなってしまうまで、放置されることが多い。
面倒事は先延ばしで自然消滅。
うやむやにしてしまうのが彼らのベストチョイスなのだ。
そして、前任者は、当初自分も同じ経験をしたことなどすっかり忘れ、後任者に適当な説明しかしていないこともわかる。
他人の仕事に口出ししない不可侵条約
本来、相手がタイ人なら、もうこれ以上の追及はないはずである。
タイには他人の仕事に対して口出ししない、不可侵条約のようなものがある。
担当者もそれを思っての言動である。
「送ります」といった以上、相手は1週間でも2週間でも送られてくるのを待つのが常識で、再び、催促の電話をかけてくることなどあり得ない。
そしてそのうち、諦めるか忘れるかしてしまう…。
日本人は諦めない
しかし、こちらはそういう常識を持ち合わせないイープン(日本人)だし、受け取りをもらっておかないと後でどうなるかわかったものではないので再度催促する。
一番最初のときは、とりあえずその回の受け取りは諦め、次回の送り状に、
「お手数ですが商品到着後、受け取りをファックスにてお送りください」
と太字で書いてみた。
無視された。
その次は、同じことを日本語で書いてみた。
恐らく担当者は日本語が読めないはずだから、先輩社員か日本人社員に見せるはずである。
見せれば送っていないのが発覚し、送らざるを得なくなるだろう、という寸法である。
予想通り、ファックスは送られてきた。
史上最強の兵との戦い
しかし、そのうち兵(つわもの)が現れた。
この社員のときは、いかに太字で書こうが赤い色で書こうがアンダーラインを引こうが動じなかった。
もはや送ってくる気はまったくないようだ。
やむなく電話をかけた。
「品物は届きましたでしょうか。届いた?では、お手数ですが受け取りをお送りください(余計な手間かけさせるんじゃないよ。ったく)」
「品物が届いたことがわかったんならそんなものもういいじゃないっすか(しつこいなあ)」
「送ってもらわなければこちらも困るんですが( ちっ!ファックスの使い方ぐらい覚えろよ)」
「えー、送り状は別の部署に渡したので、もうこちらにはありません(オラ、ファックス苦手なんだよ。いい加減、諦めろよ)」
あくまでも逃げようとする。
「では、その部署の担当者のお名前をお教えください(下手な言い訳するんじゃねえよ。絶対逃がさないからな)」
「じゃあ、一応調べてみますが、わかるかどうか…」
逃げられた。
兵でもタイ人上司には従順
翌日、再度挑戦。
たまたま兵は外出中で、前の担当者が電話に出た。
「あのー、受け取りのことなんですが、今まで送ってくれていたのにどうして送れなくなったのですか」
訊ね、事情を説明すると、
「え?そうなんですか。わかりました。部下に送るよう伝えときます」
ようやくファックスが送られてきた。
疲れるったらありゃしない。
経験は容易に受け継がれない
何度もこういう経験をしているうち、次第にコツがわかってきた。まず、
「送るといったのに送ってこないのはどうしてですか。あんた、ファックス使えるんですか。上役に言いつけますよ」
などと言っては絶対にだめである。
「後で送ります」
と言った相手の顔を立て、2、3日、待つ。
そして、自分でなくつれあいに、
「今日、店主に受け取りを提出しなければならないんです。もし提出できなければ小うるさい店主が怒り狂いひどく叱られるので、すみませんが、今日中に送ってくださいませませ」
と、虐げられた従業員を演じさせる。
すると、仕事に対する熱意と責任感はともかく、根は優しい彼らは、
「ああ、この人も道理を知らない愚かな外国人の雇い主相手に苦労しているんだなあ」
と、同情し、かつ、腹を括り、
「すみません。ファックスの使い方をもう一度教えてください」
恐らく前任者に頭を下げ、懸命に操作を覚え(ボタンを一つ押すだけなんだけどね)、めでたし、めでたし、というわけである。
20年ほど、こんなことを繰り返している。
これから先もきっと繰り返すだろう。
経験は容易に受け継がれない。
ファックスの攻防から学んだ教訓である。
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