アリに目玉をかじられる

動植物

数年前、アリに目を咬まれるという
世にも珍しい経験をしました。
アリに目を咬まれるとどうなるか、
どう感じたか、
などについての話です。

 

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アリが空から降ってきた

目が痛い。
数日前、アリに目を咬まれまして・・・。
珍しいでしょ。ぼくもタイは長いけどこんなこと初めてです。
タイにはとにかくどこにでもアリがいて、油断していると家中アリだらけになってしまいます。
で、毎日家の周りを見回ってアリが上がらないよう殺虫剤で殺しているのですが、いつものように壁の上の方にいた黒アリの塊に殺虫剤をかけたらそれが右目の中に落ちてきました。
まだ生きているやつです。
アリは高所から落ちるとき、ふらふらゆらゆら風に吹かれながら落ちてくるのであらぬところに着地することがあります。
十分離れていたつもりだったのに、やられました。

アリには咬むやつと刺すやつがいる

アリには大あごで咬むやつと尻の針で刺すやつがいます。
黒アリは咬むタイプ。
大あごで敵に喰らいつきペッペッと蟻酸を吐きかけます(土地の人はアリが小便ひっかけると表現)。
ハチに刺されると痛いですが、あれと似たようなものです。
アリはもともとハチと親戚関係にあります。

目の中からアリが三匹出てきた

で、そのアリたちが毒を目に吐きかけるわ、目ん玉にかじりつくわ、目に火がついてメラメラ燃えている感じ。
まるで巨人の星の星飛馬。
手にしていた殺虫剤の缶を放り投げ家の中に駆け込みました。
「コノヤロ、コノヤロ」
痛みに悶えながら、まぶたの上からもぞもぞ動くアリどもを強引に押しつぶし、じゃぶじゃぶ洗面器の水で目を洗ったのですが、アリはあらぬところに入り込んでしまったらしく、なかなか出てきません。
狂ったように洗い続けているうち、ようやく洗面器にアリの遺骸が三匹浮かびました。
水を流しっ放しにしていたからもしかするともっと入っていたのかもしれません。

黒あり

こいつらが目に3匹入っていた

小さい目でもアリぐらい入らあ!

目が痛いのと疲れたのと、もしや目が見えなくなるのでは?という恐怖とでソファーに座り込んでいるところに、つれあいが呑気に鼻歌なんぞ歌いながら市場から帰ってきました。
彼女、ぼろぼろになっているぼくを見ておかしそうに訊きました。
「どうしたのよ」
「アリに目ん玉かじられた。一匹じゃないぞ。三匹だ」
「えーっ?そんな小さな目によく三匹も入ったわね」
いてまうぞ、ワレ!ほかに言うことねえのか。

失明の恐怖

翌朝、大量の目ヤニで目がふさがり、指で強引にまぶたをこじあけて見ればいつもの白目がない。
黒目と赤目です。
バンコクの古本屋で大枚100バーツを出して買ってきた愛読書「家庭の医学」を開き、目の病気の項を読んでみると「目から細菌が入り、失明の恐れあり」とかあります。
もっともこの本はどのページをめくっても「腹痛?そりゃ胃ガンだよ」「頭痛?そりゃ脳腫瘍に間違いない」という調子ですけど。

医者に大ウケ

尻に火をつけられ町の目医者に行きました。
「どうされました」
「アリに目をかじられました」
「うぉっほっほっ」
ウケました。
笑いごとじゃないでしょう。
まったく。どいつもこいつも人ごとだと思いやがって。

そりゃ確かに目をアリにかじられた人間というのは世界にそうたくさんはいないだろうけど、かじられた方の身にもなれっつうの。
「おお、見事な炎症じゃ。ヤニも出とるな」
顕微鏡のような機械で目を覗き込んだ医者が嬉しそうに言いました。

アリをなめたらあかんで

でも、目に入ったのが黒アリだったのは不幸中の幸い。
赤アリだったらどうなったことやら。
「大げさな。たかがアリじゃないか」
もしかしてアリをなめていませんか。
そこら中歩いている赤火アリは毒が強く一匹に咬まれただけで赤く腫れます。
こいつ、近年日本でも何かと話題のヒアリの仲間です。

赤火アリ

赤火アリは肉食で獲物を骨だけにしてしまう

タノーイアリなんかもっとすごい。
つい先日だって木の枝を切ろうとしたおばさんが尻の針で刺され、意識不明で病院に担ぎ込まれたんですよ。
もっともこいつは大きいからぼくの目には入らないでしょうけど。

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平凡な日々こそが幸せ

不幸は家でじっとしていようが引き篭もっていようが勝手にやってくる。
アリに殺虫剤をかける、という日常のごく些細な行為にすら種が潜んでいるのだから避けようがない。
逆に考えればたいくつで平凡な日々というのは本当はものすごく幸せなことなのだ。
眼の見える幸せ。歩ける幸せ。食べられる幸せ。行きたいところへ行ける幸せ。恐れることなく眠れる幸せ。家族のいる幸せ。自由のある幸せ。働ける幸せ。
数えきれないほどたくさんの幸せに囲まれてこその平凡である。

でもぼくたちはこの幸せを感じることなく生きている。
不幸はいつまで経っても新鮮だけど、幸せはすぐに色褪せたり朽ちたりするからだ。
失ったときにだけその本当の価値を知る。
平凡な人生を嫌う人は多いが平凡に人生を終わるのは容易ではない。

ちょっとしたきっかけで不幸は起きる。
愛する者たちだっていつまでも傍らにいるとは限らない。
大津波の被災地でも少なくない人たちが平凡な日々の素晴らしさを涙しながらつぶやいていた。
しかし、いくら嘆こうが失ってからでは遅いのだ。

ようし、これからは、精一杯、今を大切に生きよう。
つれあいにももっと優しくしてやろう。
なあんてね。
わかってはいるのだけど・・・・・・。

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